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この本は妻と一緒にいるときにあなたがくしゃみをしたら、「うるさい」と彼女に言われたときに、腹が立たないようになるための本である。妻は感情的になっているときには、あなたが何をしても彼女は面白くないのだ。そうしたときでも、あなたが平然としていられるようになるための本である。であるから、男の修身の本である。


妻と昼を一緒に外食する約束をしていた。

「お昼を食べたくない」と妻が言った。

「そうか。じゃあ。やめよう」とあなたは答えればいい。

そのときに、心が動かず、平然と言えばいいのである。腹が立ってはいけないし、口答えもしない。相手が何か言ってこなければその理由も聞かない。それが男らしさなのだ。


妻と一緒に歩いているときに妻が言った。

「あなたと一緒に歩いていると私は恥ずかしい。あなたは背が低いし、センスもないからね」

「そうだね。確かに背も低いし、センスがないね」

と答えればいいのだ。余計なことは言わない。口答えもしない。寛大な気持ちで応対すればいい。怖い顔をしてもいけない。微笑んでいなければならない。


あなたが妻にこう言った。

「今日は会食がないので、早く帰るよ。あなたに早く会えるので嬉しいよ」

「今日は夕食を作りたくないので、弁当を買ってきてよ」

「わかった。肉のハナマサで弁当を買って帰るよ。ついでに何か買って帰るものはない?」

「ない」

その会話でムカッときてはいけない。生活費をあげているのだなどど考えてはいけない。黙って弁当を買って帰ればいいのだ。心にわだかまりを持ってはいけない。


「あなた。息子の運動靴を履いたでしょ」

「間違えて履いてしまった」

「もうあなたが一度履いた靴は息子は履かないので、その代わりに新しい靴を買うから、お金を払ってよ」

「そうか。ごめん。幾らだ」

「6千円」

そのまま6千円を払って、何もなかったかのように、平然としていればいいのだ。


妻と一緒にマンションのエレベーターに乗った。

「あなた臭いわね」

「私じゃあないよ。前に乗っていた人の匂いじゃあないの」

そう言って、平然としていればいいのだ。


妻が私の顔を見て言った。

「あなたの顔を見ていると腹がたつのよ」

「それはすまないな」

その一言だけでいいのである。そして、心が動いてはいけないのである。


そうした妻の無茶苦茶な言葉とか行動に怒ってはいけない。家庭が男の修練の場なのだ。何を言われようと平然としていられるような心を鍛錬しなければならない。それができるようになれば、世の中の全てのことが平然と対応できるようになる。私自身はこうした修練をしてきているので、妻の暴言には全く腹が立たない。


であるから、ビジネスの世界で、バカにされるようなことがあっても、こうした妻の悪態を毎日、修練の場としているので、全く、腹が立たない。そうしたことに、腹を立てているうちは耐えるという言葉が必要なのだが、100回、1,000回と修練をしていくうちに、腹が立たなくなる。そうなれば耐えるということもなくなってくる。喜怒哀楽全てが一緒だ。嫉妬も一緒だ。中江藤樹は「忍んで百忍に至れば満腔の春」と言った。耐えていけば、心が動かなくなる。そうした心境になるための本だ。


本書は自らの実体験を修身書としてまとめたものである。私の今までの経験から、してはいけないこと、するべきことをまとめた。本書は儒学をベースにしているが、学者ではないので、儒学で定義されている言葉に忠実に従ってはいない。儒学者が読めばその言葉の解釈は違うと言われるところもあるかもしれない。本書が、中国の四書五経の「大学」に書いてある修身斉家治国平天下の「斉家(せいか)」に焦点を当てて書いている。妻をどう理解するかを通じて、企業、社会にどう関わって行くかと言うことである。最初から読んでも良いが、どこを開いても参考になるように書いてある。女との付き合い方で困った時のバイブルとして読んでいただきたい。自然と怒りの心が落ち着くように書いてある。


私は数十年、アメリカの大企業に勤務し、日本、中国、台湾、韓国の家族を持ち、4回の結婚を経験してきた。そうした様々な欧米、アジアでの人間関係の中で数多くの経験と失敗をしてきた。本書はそうした経験と失敗を儒学を介して、まとめたものである。であるから、本書は学問書ではない。読者が私と同じ失敗をしないように、また、妻とか彼女が逃げていかないようにするために書いた本である。


まずこの本を書く背景となった私の経歴を説明しなければならない。私は最大手の外資系のコンサルティング企業の日本支社に32年間勤め、代表取締役のポジションまで行って、早期退職をした。今まで3回離婚して、今は4人目の妻がいる。サラリーマン生活をしながら、青年会議所に所属し、国際青年会議所の副会頭、財政顧問を経験した。現在69歳で、妻は40歳だ。30歳の年の開きがある。表紙の写真は私と私の妻である。


女性との付き合いには失敗した経験が山ほどある。今回の本はそうした失敗の経験とどうするべきかと言う教訓を書いている。私には7人の子供がいて、今の妻には彼女の前夫の長男がいる。まだ中学生だ。財産のほとんどは慰謝料で消えてしまった。


何故3回も離婚したのかの理由は一緒に住んでいなかったのがそのほとんどの原因だ。何故一緒に住めなかったのかの理由はそれぞれ異なる。また、仕事が激務で、家族との時間が取れなかったと言うこともある。今までの妻はいい人ばかりだったが、気がついたらこうなってしまっていた。離婚した前妻たちには慚愧に堪えない。現在の妻との生活は5年になる。


今の妻とは年が離れているので、彼女が60歳になるときには私はもう死んでいるといつも騒いでいる。財産は別れた妻たちの慰謝料でほとんど消えてしまっているので、生活は昔と違って、質素に暮らしている。現在は私塾の海野塾を運営していて、英語で世界の政治、経済、軍事、外交を教えている。そのほかに海外展開の事業支援を行なっている。中国を含めて、アジアのどこの国にも何十年も付き合ってきた友人がいる。

以上が私の経歴である。


私の知識の背景については昔からグローバルリーダーになるためにはどうするべきかと言うことを志してきている。そのための要件を勉強してきている。その第一番目はリベラルアーツの勉強で、これは英語で十数年勉強してきていて、これが今の海野塾の内容になっている。第二番目に孫子の兵法を勉強してきている。この内容は今まで出版した何冊かの本の中にその記述がある。第三番目は今回の本の内容である日本の精神である。この3つが今の日本人がグローバルリーダーになるためには必要であると考えている。


今回の本はこの三番目の日本の精神を取り扱っているが、この日本の精神を真正面に捉えるのではなく、家族という視点から男はどうあるべきかという課題設定で書いている。私は儒学が専門ではないのだが、この儒学が日本の精神の基盤であるので、私の経験をこの儒学に沿って展開している。この儒学は江戸時代まで日本の教育の中核であったのだが、明治になって廃止してしまった。明治以降は知識としての学習が中心になり、産業育成のための技術習得がその目的となってしまった。それでも戦争前までは教育勅語があって、まだ、多少のそうした本質的な学習の要素は残っていたのだが、戦後は全くなくなってしまった。


そのため、戦後、七十数年経つのだが、今改めて、日本人としての矜持を取り戻すべくこの本を書くことにした。そうはいっても、矜持をどうするかということを前面に持って来ると話が硬くなってしまいそうだったので、私の離婚経歴を踏まえ、妻とどう付き合っていくのかという話を中心に書いた。


また、中国から輸入された儒学は日本的な儒学として大成しているので、そうしたことを踏まえて、話の骨子として、修身はどうあるべきかの内容とした。四書五経の「大学」で言う所の「修身斉家治国平天下」をその核にして、身を修めるためには家を斉(ととの)うべきであるという考えをもとに書いている。この家を斉(ととの)うためには本来は妻だけではなく、両親、兄弟姉妹が入るのだが、妻とどう付き合うのかということを中心に書いている。本文中では女性とか妻という表現ではなく、悪女とか悪妻という表現も使っている。そうした女性の方が男に成長の機会を与えるからである。


本文中に「悪女は情緒的、感情的で、わがままで、自己中心、欲張り、嫉妬深い。さらに嘘もつく」とか「悪女は多様な価値観を持っている。言い方を変えれば無茶苦茶な価値観かもしれない」という文言を書いてあるのはかなり意図的に書いていて、そうした悪女が存在するとは思っていない。付き合う対象の女性がそうであったら、男が成長することができるというぐらいの意図で書いてある。

GENRE
Business & Personal Finance
RELEASED
2017
30 May
LANGUAGE
JA
Japanese
LENGTH
157
Pages
PUBLISHER
スウィングバイ株式会社
SELLER
clydeunno
SIZE
3.4
MB

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