充たされざる者
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- ¥1,600
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発行者による作品情報
世界的ピアニストのライダーは、あるヨーロッパの町に降り立った。「木曜の夕べ」という催しで演奏する予定のようだが、日程や演目さえ彼には定かでない。ただ、演奏会は町の「危機」を乗り越えるための最後の望みのようで、一部市民の期待は限りなく高い。ライダーはそれとなく詳細を探るが、奇妙な相談をもちかける市民たちが次々と邪魔に入り……。実験的手法を駆使し、悪夢のような不条理を紡ぐブッカー賞作家の異色作。
APPLE BOOKSのレビュー
ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロ。その端正な文体に時として驚くほどのカオスと不穏を躍らせる作家であることをまざまざと伝える長編4作目。著名なピアニストである主人公のライダーは、演奏会のためにとある街にやってくる。しかし彼を迎えた人々は次々とライダーにいくつもの真偽不明の話をひたすらに語りかける。奇妙な話を聞く日々の中で目的は二転三転し、いつまで経っても肝心の演奏会の日にたどり着くことができず…。『日の名残り』から『忘れられた巨人』に至るまで、イシグロは自身の作品にしばしば「信頼できない語り手」を登場させ、言葉の洪水の中で記憶と現実が曖昧になっていく個人を描き続けてきたが、本作はとりわけそれが顕著だ。900ページを超える途方もないボリュームの中で一切の起承転結が示されず、ページをめくればめくるほどより錯乱を深めていく本作の作風は、言うまでもなくカフカの不条理の世界を連想させるものでもある。彼の長編の中でもとりわけ難解で歪(いびつ)であるが故に1995年の発刊当時はネガティブな批評も少なくなかったが、時代を経るごとにその悪夢的奇作としての再評価が進んでいった手ごわい作品だ。