黒百合
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- ¥630
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発行者による作品情報
昭和27年の夏休み。14歳だった「私」こと進と一彦は、六甲山にあるヒョウタン池のほとりで、不思議な雰囲気を纏った同い年の少女と出会う。池の精を名乗ったその香という少女は、近隣の事業家・倉沢家の娘だった。三人は出会った翌日からピクニックや山登りを通して親交を深めてゆく。自然の中で育まれる少年少女の淡い恋模様を軸に、昭和10年のベルリン、昭和15年の阪神間を経由して、物語は徐々にその相貌を明らかにしてゆく。そして、最後のピースが嵌るとき、あらゆる読者の想像を超える驚愕の真相が描かれる。数々の佳品をものした才人による、工芸品のように繊細な傑作ミステリ。/解説=戸川安宣
APPLE BOOKSのレビュー
筆をおき、自らの意志で失踪することを関係者に手紙で知らせて2009年に消息を絶った多島斗志之が、その前年に発表した渾身(こんしん)の傑作ミステリー。昭和27年の夏。父の古い友人から六甲山の別荘に招かれた寺元進は、彼の息子である同い年の14歳の浅木一彦と共にヒョウタン池のほとりで、一人の少女、倉沢香と出会う。ライバル心を燃やす少年たち。避暑地の自然を背景にした少年少女の淡い恋模様を軸に、彼らの父親が実業家、小芝一造のお供をした昭和10年のベルリン、さらに小芝が興した宝急電鉄の車掌と女学生による終戦間際の恋物語と、語り手と時代が変わりながら物語は驚愕(きょうがく)の真実へとつながっていく…。少年のひと夏の恋をつづるみずみずしい青春小説としても優れていながら、同時に幻想文学ともいえる。阪急グループの創業者であり、宝塚歌劇団を発足させた小林一三をモデルにした関西の資産階級の暮らしぶりも興味深い。だが、何といっても読者のミスリードを誘いながら、何気ない描写に周到な伏線を張る、練りに練られた文章に驚かされる。叙述トリックがさく裂し、それまで思い浮かべていた物語が見事に反転する結末にも脱帽。文芸とミステリーを融合させた著者の一つの到達点。