万両役者の扇
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- ¥2,000
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発行者による作品情報
江戸森田座気鋭の役者・今村扇五郎にお熱のお春が、女房の座を狙って近づいたのは……。芸を追求してやまない扇五郎に魅せられた面々の、狂ってゆく人生の歯車。ある日、若手役者の他殺体があがり、ついには扇五郎本人も――「芸のため」ならどこまでの所業が許されるのか。芝居の虚実を濃密に描き切ったエンタメ時代小説。
APPLE BOOKSのレビュー
デビュー作『化け者心中』で数々の文学賞を受賞した、気鋭の作家による時代小説。絶大な人気を誇る舞台役者を取り巻く人々が巻き起こす、大小の事件の顚末(てんまつ)を描いた連作短編集。それぞれは独立したエピソードでありながら、すべてが今村扇五郎という江戸時代のトップアイドルに対する熱狂的な愛情や執着につながっている。芝居の役柄から舞台裏の姿まで、扇五郎と関わる人はそれぞれに扇五郎に心酔する。ただ、彼らの目に映り、思い描く扇五郎の姿は、果たしてどこまで真実を捉えていたのだろうか。底の見えないところがスター性というものなのかもしれないが、扇五郎への思いはやがて人々の人生を壊していく。彼らの暴走は生来のものなのか、それとも扇五郎の乱心に感応してのものなのか、そのさまは滑稽でもあり、またミステリアスでもある。洒脱(しゃだつ)な言葉選びと軽妙な筆致で江戸の町人文化の粋を堪能しながら、芸に突き進む役者の業、彼に魅入られたファンの業に鬼気迫るものを感じる。同時に、「推し」という存在を持った者にとってはどこか共感できてしまう、自分自身の業の深さにも思い至る。