荒地の家族(新潮文庫)
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4.5 • 2件の評価
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- ¥580
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発行者による作品情報
40歳の植木職人・坂井祐治は、十数年前の災厄によって仕事道具を全てさらわれ、その2年後、妻を病気で喪う。自分を追い込み肉体を痛めつけながら仕事に没頭する日々。息子との関係はぎこちない。あの日海が膨張し、防潮堤ができた。元の生活は決して戻らない。なぜあの人は死に、自分は生き残ったのか。答えのない問いを抱え、男は彷徨い続ける。止むことのない渇きと痛みを描く芥川賞受賞作。(解説・小川洋子)
APPLE BOOKSのレビュー
第168回(2022年下半期)芥川賞受賞作 - 震災後の宮城を舞台に、植木職人の男の苦悩とかすかな希望を朴訥(ぼくとつ)とした筆致で描いた『荒地の家族』。40歳の植木職人、坂井祐治は、厄災から2年後にインフルエンザで妻の晴海を亡くし、小学生の息子、啓太と母、和子と共に暮らしている。日々、目の前を通りすぎる景色の中で祐治の胸によみがえるのは、大地が上下左右に轟音(ごうおん)をとどろかせて動き、海が怪物のように膨張し、人々の日常を、暮らしを、命を根こそぎ持っていってしまったあの日。少しずつ再生している街の中に残る、この世とあの世の境界線を横目に、過去のさまざまな記憶が巡りめぐる。祐治の周りの人々もまた、心に空虚感や諦念を抱き生きている。「元の生活に戻りたいと人が言う時の『元』とはいつの時点か」、祐治の心のつぶやきが読み手の胸に深く刺さって抜けない。被災地の再生を描く物語はあるが、この作品は違う。人は本当に多くのものをなくすと、希望を持って前を向くことも進むこともできないのだと思う。そこにずっととどまりながら、それでも日々は続いていく。祐治はただ生きるために、そして息子のためだけに明日を生きていくのだろう。