風になるにはまだ
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- ¥2,000
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発行者による作品情報
散りたくない。無形の情報に還(かえ)るにはまだ、わたしというものへの未練が濃い。病気や障害などの事情で生身の体で生きることが難しくなった人々が、〈情報人格〉として仮想世界で暮らせるようになった近未来。情報人格の小春は、大学時代の同級生が集うパーティに出席するために「一日だけ体を貸し出してくれる」サービスを利用する。体を貸してくれたのは年の離れた大学生だった。ひとつの体を共有して、ふたりは特別な一日を過ごす。第13回創元SF短編賞受賞作を含む瑞々しいデビュー作品集。/【目次】風になるにはまだ/手のなかに花なんて/限りある夜だとしても/その自由な瞳で/本当は空に住むことさえ/君の名残の訪れを
APPLE BOOKSのレビュー
新しい時代の感性を織り込んだ作風で、SFファンの心を揺さぶる笹原千波のデビュー作。注目のきっかけとなった短編「風になるにはまだ」をはじめとする6編の連作で、AI時代における死生観を深く問う。舞台は、人間が仮想世界で生きることが可能になった未来。病気や障がいなど、さまざまな理由で身体を離れた人々は、仮想世界で情報人格として生きながら、現実世界の人々とモニター越しの交流を続けている。やがて明らかになるのは、情報人格が永遠の命を得るわけではなく、やがて“散逸”という名の死を迎えるという事実。かくして仮想世界の人々は、かつて生きた現実とのギャップに戸惑いながら、第二の人生を模索していく。人間は情報人格になってもなお“人間らしく”悩み、傷つき、誰かを思い続けるという情緒的な描写が生々しく胸に迫る。仮想と現実、それぞれの世界に生きる人々の感覚を追いながら読み進めるこの作品は、想像以上に知的エネルギーを要する。けれど、読後に感じるかすかな疲れは、私たちが“生身の存在”であることへの確かな実感となり、物語の深みをさらに際立たせてくれる。