魚玄機
Publisher Description
「魚玄機(ぎよげんき)」
森鷗外(もり おうがい、1862(文久2)年〜1922(大正11)年)の書いた短編小説です。
9世紀、中国唐代の美貌の女性詩人、魚玄機(ぎょ げんき)と、その師、温庭筠(おん ていいん)の運命が描かれます。
師弟ともずば抜けた才能を持ちながら、思わぬ巡り合わせから、玄機は殺人を犯すに至ります。
元は中国の伝奇小説だそうですが、森鷗外による人間心理のリアリティが加えられて、全く違った印象です。
旧字旧仮名で総ルビ、縦書きの電子書籍にしました。
1948(昭和23)年以前の日本語の書き言葉は、漢字の字体、かなづかいが今と違いました。
漢字は今の台湾の漢字に似た画数の多いものだったり、
かなづかいは歴史的仮名遣いと言われる古文のそれでした。
戦前の本は、必ずこの旧字旧仮名です。
とはいえ、漢字は割とそのままも多いですし、かなづかいは中学高校の古文で履修済み。
後は旧字旧仮名で総ルビの本をいくつか読めば、あなたも旧字旧仮名マスター。
国立国会図書館デジタルコレクションの古い本が、インターネットで無料で読み放題。
読書の世界が広がります。
漢語の言回しの難しいのには、別に注が欲しいくらいですが、森鷗外の格調高い文体を、ぜひ旧字旧仮名で。
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玄機(げんき)が長安人士(ちやうあんじんし)の間(あひだ)に知(し)られてゐたのは、獨(ひと)り美人(びじん)として知(し)られてゐたのみではない。此女(このをんな)は詩(し)を善(よ)くした。詩(し)が唐(たう)の代(だい)に最(もつと)も隆盛(りうせい)であつたことは言(げん)を待(ま)たない。隴西(ろうせい)の李白(りはく)、襄陽(じやうやう)の杜甫(とほ)が出(で)て、天下(てんか)の能事(のうじ)を盡(つく)した後(のち)に太原(たいげん)の白居易(はくきよい)が踵(つ)いで起(おこ)つて、古今(ここん)の人情(にんじやう)を曲盡(きよくじん)し、長恨歌(ちやうこんか)や琵琶行(びはかう)は戶(こ)ごとに誦(そら)んぜられた。白居易(はくきよい)の亡(な)くなつた宣宗(せんそう)の大中(たいちゆう)元年(ぐわんねん)に、玄機(げんき)はまだ五歲(さい)の女兒(ぢよじ)であつたが、ひどく怜悧(れいり)で、白居易(はくきよい)は勿論(もちろん)、それと名(な)を齊(ひとし)うしてゐた元微之(げんびし)の詩(し)をも、多(おほ)く暗記(あんき)して、其數(そのすう)は古今(ここん)體(たい)を通(つう)じて數十篇(すうじふへん)に及(およ)んでゐた。十三歲(さい)の時(とき)玄機(げんき)は始(はじめ)て七言絕句(しちごんぜつく)を作(つく)つた。それから十五歲(さい)の時(とき)には、もう魚家(ぎよか)の少女(せうぢよ)の詩(し)と云(い)ふものが好事者(かうずしや)の間(あひだ)に寫(うつ)し傳(つた)へられることがあつたのである。
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*目次*
├魚玄機
│└參照
└底本などに関する情報