武田義信転記 第三巻
信玄は戦を見た。義信は国をみた。
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信繁は生きた。だが、それで終わりではなかった。
今川が崩れ始めている。元康が離れ、遠江がほどけ、駿河の心臓が死にかけている。義信が守ろうとしていた流れは、外からも内からも削られていた。そして家康は、ただ自立したのではない。西三河の利権を丸ごと呑み込み、関所も市も寺の財も、全部まとめて自分の国の骨に変えた。
三河半国で、もう甲斐一国以上。
その重さが、父には届かない。
信玄は強い。軍として、戦国大名として、これ以上なく正しい。飛騨を押さえ、上野へ手を伸ばし、打てる手を打ち続ける。だが義信には見えていた。打てる手が、食える国へつながっていない。勝っても、武田は軽くならない。
もう、違うと思うだけでは足りない。もう、遅いと言うだけでは間に合わない。
義信は耳を持つ。人を見る。線を張る。誰が北の現実を知り、誰が境目を嗅ぎ、誰が家中の骨として動けるかを、一人ずつ確かめていく。そして父は、その動きに気づいていた。
泳がせている。そうとしか思えなかった。
織田から打診が来た。勝頼への輿入れ。信玄は受けると言った。その二文字が、義信には今川を食う宣言に聞こえた。駿府を焼いてはならない。壊せば武田もまた、自分の首を締める。だが父は、もうそちらへ舵を切った。
時間切れだ。
父を止めるでは足りない。奪うしかない。
嶺松院と太郎丸を連れて要害へ上がる夜、義信は思った。逃げるために上がるのではない。奪い返すために上がる。
戦に勝つための正しさと、国を残すための正しさ。その二つが、ついに同じ家の中で割れた。
武田信玄・上杉謙信・今川・徳川家康が交差する戦国時代を舞台にした長編歴史転生小説『武田義信転記』第三巻。武田義信、奪う編。