武田義信転記 第五巻
遠江逆落とし
-
- ¥500
-
- ¥500
発行者による作品情報
首より川。
秋葉街道は、大軍を通すには細すぎる。馬を並べるには狭すぎる。荷を流すには曲がりすぎている。だがその日の武田軍は、妙に静かだった。喊声もない。鬨もない。ただ、止まらずに進んでいた。
義信は、勝つために来たのではなかった。武田の兵をできるだけ減らさず、今川の地をできるだけ壊さず、徳川が立て直すための腹と道を奪うために来た。だからまず、声を塞ぐ。天方を抜く。久野の蔵を押さえる。荷は来た道を覚えている。蔵の中を読めば、家康がどこを使い、どこを食い、どこへ次に手を伸ばすつもりだったかが分かる。
三河からの荷が、思ったより多うございます。
それだけ、家康は腰を据えるつもりだったということだ。
掛川の家康が動いた。道が詰まり、蔵が消え、声が届かなくなれば、座っていられない。義信には、それが見えていた。来る。そして内藤が受ける。諏訪勝頼が突く。鳥居元忠が倒れる。榊原康政が支える。遠江の平野で、武田と徳川が正面からぶつかる。
それでも、義信の命は変わらなかった。首より川。
徳川の前線が崩れた。敗走は一本の流れにはならない。命を持つ。恐れを持つ。名を持つ。南へ、西へ、城へ。だが義信は、その逃げ道に兵を置いていた。太田川。天竜川。渡れなければ、西へは戻れない。家康は少数の重臣とともに、兵を置いて渡った。正しい判断だった。だが置かれた兵には、別の見え方がある。
勝った。だが義信は、取った地を返した。
天方も、久野も、堀越も、向笠も、見附も、高天神も。天竜川より東で取り戻した城を、すべて今川へ返す。これは第四巻で今川と結んだ約定だった。失ったものを数えるな、残るものを守れと言ったのは、義信自身だった。約したことは果たす。道は筋と得で動く。怒りで動かしたものは怒りが冷めれば止まる。
東は返した。西は、まだ残っている。
そして義信は、天竜川を渡さなかった男を呼んだ。大久保忠佐を討ちながら、深追いせず川を見続けた男。その働きを功と言い、義信は新しい名を与える。それは武功への褒賞ではなかった。義信の戦が何を評価するかを示す、政としての決断だった。
遠江逆落としは終わっていない。二俣が残っている。家康は曳馬で生きている。
武田義信・徳川家康・内藤昌豊・諏訪勝頼・山県昌景が交差する戦国時代を舞台にした長編歴史転生小説『武田義信転記』第五巻。武田義信、遠江を逆落とす編。