手は、身体を聴くためにある —— アナトミカルフロー指圧と「無証」の哲学
触れることの科学・実践・倫理・修養
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- ¥2,800
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発行者による作品情報
あなたの手は、いま押しているのか、聴いているのか。
指圧と聞けば、多くの方が「押すもの」だと思われるでしょう。コリを押す。痛むところを押す。強く押せば効く。本書は、その順序を逆から問い直すところから始まります。
手は、押す道具ではなく、聴く器官である。
あん摩マッサージ指圧師・黒澤一弘による、指圧の学術書です。全27章・約45万字。本文の下に222の「学術ノート」を添え、確立した知見と仮説段階の知見を、一つひとつ書き分けました。各章末には実技ドリル134本を、成功判定つきで置いています。
■ 圧は、どこから来るのか
指圧の本の多くは、受け手の身体を地図にします。経絡があり、経穴があり、どこをどう押すかが記されている。本書は、その一歩手前から始まります。押す側の身体です。
母指を痛める。手首が鳴る。肩が上がらなくなる。徒手にたずさわる者にとって、この故障は廃業に直結します。技術に行き詰まって辞めるのではなく、自分の身体が保たなくなって手を置く ── そういう人を、私は何人も見てきました。
圧は、腕から出るのではありません。床を踏めば、踏んだぶんだけ床が返してきます。その床反力を、足の裏から母指の先まで、一本の糸のように通す。連結圧と呼んできたものです。関節に残しておく「遊び」、ミリ単位の伸展を積み重ねる伸展リレー、返ってくる力を全身の軸へ渡して床へ通す反作用圧法、四指が押すのではなく引き寄せる支え圧。
そのとき母指は、圧の発生源ではなく出口になります。受け手には「重さを感じないのに深い」と伝わり、術者の身体には反作用が溜まりません。深く届かせる技術と、自分を壊さない技術は、同じ一つの力学です。
■ 七つの部で編まれています
・第I部 触れ方の科学 ── 安心はどこから生まれるか。マイスネル小体、C触覚線維、施術者の在り方
・第II部 連結圧の生体力学 ── 力はどこから来るか。関節の遊び、伸展リレー、反作用圧法、支え圧、スタンスと軸
・第III部 三次元的アプローチ ── 点から立体へ。多点同時アプローチ、同一筋・拮抗筋・筋膜連結
・第IV部 無証の哲学 ── 診断即治療と聴く手
・第V部 東洋の身体知 ── 気・丹田・軸、原始感覚と母ごころを、現代の言葉で磨き直す
・第VI部 触れ合いと心の健康 ── 皮膚とタッチの神経化学、家庭・介護・育児
・第VII部 手を育てる ── 倫理・安全・AI時代・修養
序章と第0章が入口を、終章と付録(用語集・読書マップ・安全早見表・エビデンスの扱い)が出口を担います。通読する本であり、臨床で必要になった論点から引く本でもあります。
■ 確かめられたことと、まだ仮説であることを分ける
学術書としての性格は、ここにあります。学術ノートには出典と留保、慎重な但し書きを置きました。確立した知見はそう書き、方向として確からしいものはそう書き、仮説の段階にあるものは仮説として書く。数値は幅で示し、断定を避けています。
C触覚線維とオキシトシン、ポリヴェーガル理論、筋膜の連続性 ── 確からしさの水準が異なるものを、同じ調子では語りません。
本文だけを読んでも、今日あなたは誰かに手を当てられます。その主張がどこから来て、どれくらい確かなのかを見たくなったとき、ノートへ降りてください。
■ そして、倫理が並走します
触れる側は、いつも強い側にいる。
無証 ── 証を取らないこと ── は、知識を捨てることではありません。知識が、目の前の身体より先に立つことを拒む態度です。学び尽くした者にだけ許される沈黙である、と本書は書きます。同時に、構造を知らぬ無証は、ただの無知であるとも書きます。
母ごころ。浪越徳治郎の言葉として知られるこの語を、本書は自らの強さを抑える臨床の規律として読み直します。熟達こそが、命令する手への入口になる ── その逆説を、最後まで手放しません。
神秘に流さず、機械論にも還元しない。その中間の精密さで、指圧の精神性を書こうとした本です。
■ 読者
・指圧師・あん摩マッサージ指圧師・鍼灸師・整体師・セラピスト
・理学療法士・作業療法士、あはき鍼灸を学ぶ学生
・家庭・介護・育児で人に触れる方(第I部・第VI部・付録が入口です)
どこから読むかは、序章の読書マップで選べます。家庭/学習者/プロの三経路を示しました。
■ 安全について
指圧は、医療の診断・治療の代替ではありません。本書は教育的な読みものであり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的とするものではありません。気になる症状は医療機関にご相談ください。本文では「迷ったら、触れない」を安全の第一原則とし、触れてはいけない兆候・受診を促す場面を、序章・第20章・付録の三段階で示しています。
■ 著者
黒澤一弘。あん摩マッサージ指圧師(日本指圧)。紡指圧 代表。神奈川県指圧師会 会長。東京都立大学 健康福祉学部(解剖学実習)非常勤講師。東京呉竹医療専門学校 非常勤講師。日本解剖学会 所属。
手は、身体を聴くためにある。ここから、その手を育てる旅が始まります。