水影に赤をきく
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発行者による作品情報
短中編2本収録。
『水影に赤をきく』
肥沃な大地を奪い合う。守るべき家族の前、他人の生命などあまりに軽い。残された兄弟たちのために家長(アード)として懸命にふるまうしかなかった。
『見えない手と手をつないできみと』
姉、妹と三人を残し村が水に飲まれた――帰るべき場所を夢想し、成長した彼が見つけた居場所とは。幼い妹と別れ、姉を婚礼に送り出し、水の底に沈んだ父の面影と母の思い出を胸に家族を築く。
*****
うっかり踏みそうになって、ト・ワンは謝りそうになる。
とっさに言葉を飲んだ。吹いた生臭い風に呼吸を止め、自嘲気味に笑う。
謝る?
踏みそうになったから?
自分が殺した相手だというのに?
手にした銅剣にこびりついた血を、横たわった男の背でぬぐう。
歩き出すト・ワンの耳に、誰かの叫びが、怒号が、断末魔が届いた。
*****
ひとりでよそに行くことになった、と告げられて、リタルはやはり泣いた。
姉にすがることもなく、兄にすがることもなく、リタルはひとりで身をちぢめて泣いた。
ちいさな妹は、村を失って以来身につけたものがあった――あきらめることだ。
*****
祝いごととするには、あまりに質素な式だった。
だが新郎新婦を祝福する友人たちの顔に嘘はなく、誰もが寿ぎを惜しみなく与えている。
マー・マーも祝福した。
姉は幸せにならなければならない。
妹も幸せにならなければならない。
自分の目の届かない場所に行く姉妹が、マー・マーは気がかりだった。だが自分がいなくても、姉妹は幸せになれる。