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脇 リギオ作品集 <幻想の風景>

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Descripción editorial

「Rigogram 」 iBooks コメント


これらRigogram と命名した作品群は、同時代にあった私のなかのビートルズであり、右脳による自己解放の副産物である。写真を軸にした私のアート&サイエンス共通の出発点となるのは全関西学生写真連盟展高校の部で推薦賞(富士フィルム賞)を貰ったことに始まる。発売されたばかりのリコーフレックスによる「神戸港の朝」であった。写真はサイエンスによる産物だからとりわけ光と色の科学知識が不可欠となる。それら左脳による試行錯誤や研究はやがて「写真技術ハンドブック」(ダヴィッド社 1962年初版)執筆となり、独自ノウハウは特許出願*となる。その最新作は世界最先端<デジタル色標準システム>Apple App <RW CIE Calc>(Apple Store発売)であり、いずれも60年頃に同時的にはじめたライフワークとなるが、期せずしてそれがApple App、Apple iBooksとして集大成されつつある。(*フィルター選択、光色判定、グレイバランス法などの色再現関係および感材の平面保持法等21物件の取得特許多数。)


それは隠喩的にいえば<仕事は継続して頑張ってやってれば、運がよければだが、報われる時が必ずくる。>は後進のアーチスト、研究者への応援歌になるかもしれない。成功の条件はハングリー、左右ともに脳が飢えている状態にあること、運は呼ぶところにくる、であろうか。


さて、右脳によるRigogram作品は絵といえば画でもあるが、キャンバスは布やボード、紙でもない。基本的にはセロテープやポリエチレン、ビニールあるいはキララといった透明な薄膜素材が画材。染料も顔料も不要。必要機材はカラーフィルム*と偏光フィルターがあればよい。素材は無限、無料である。入射する偏光が素材の厚さやフィルター角度で波長分布を変幻自在に色を変える。まさにオーロラを目の当たりに見るようにである。そこにある色材の色とはまったく違うその未知の色世界で何を発見し何を生むことができるのか。そこに潜む未知の風景と造形を求めて旅をはじめたのは、創刊コマーシャルフォト誌の第2号/1960年**と、同年の電通「調査と技術」8月号にも実験作品が掲載されているから1959年後半である。


偏光フィルターはすでにガラス越し撮影、表面反射防止用としてもっていたが、雪目防止に信州のスキー場で急遽買い入れた偏光メガネのガラスサンドイッチフィルターが顕著な薄膜発色現象を呈した。35ミリフィルム実験の後、大型偏光板を製造元まで出掛けて仕入れ古い引伸機で120フィルム用撮影装置を自作した。そのガラスフィルターはレンズ側で使うためにまだ健在である。


(*当時もフイルム代+現像代+プリント代は今とあまり変わりはないからシャッターは押すたび、ワンカットごとに今なら千円札が飛ぶ。玉石は稀。ほとんどは無駄玉。一晩一本(8カット、せめて4カット)撮りたかったがそれは米が買えなくなる関係にあった。

(**余談だが、執筆開始と同時進行であったようだ。丸二年の悪戦苦闘の写真技術ハンドブック/1962年の成果などは考えたこともない。しかしせいぜい2000部どまりどころか超50年、推定10万部のロングセラーとなった。ここでの教訓は、若いときは苦労は金を払ってもやりなさい。そして無謀と思えてもやるべきは貧乏してでも、勇気をもってやるべき、まさに正解なのであった。)


ようやく、実験作品の域を脱し、自信作が生まれはじめた初期作品(カメラ毎日2月号/1965/偏光の世界/Part-1 1-7,1-23 )を見たパリ在住のムネ里見氏は、すぐ私の父に・・有名なシシリー島の深海の人魚でも表現できたらと「深海」の魅力に魅了されました。写真家というより立派な芸術家で・・明日の芸術写真家として内地に一人でも居られることは 世界の流れに対し 全日本人がオリンピック選手を労いる以上 労いるべきだと思いますが 内地は天井が低く 大美術家がでない・・釈迦がニルバナを達観したごとく達観するべき ご健闘をと。そして私には・・下手なアブストラクションよりも真実、色の美しさはワンダフル、友人マンレイのフォトグラムを見て驚いたほどに感激・・と書いてくれた。唯一といってもよい理解者であり支持者であったその二通の直筆手紙も、瀬木慎一氏の序文(後出)、そして個展(1984年8月新橋ギャラリースペース21/Part-1を展示)の感想として・・あの陰にはすさまじいかぎりのエネルギーと時間と才能が用意されていることが文句なしに伝わって、得てして特殊な技術に引っ張られるところ 、貴兄のは、したたかな造形性で裏打ちされていて 魅力的な作品になっていた・・と書いてくださった早川良雄氏からの手紙とともに収録した。

がん手術(93年食道摘出)後、まさに満身創痍の身でMacをはじめたある夏の日、エド・ファン・デル・エルスケンの晩年の姿があらわれ<あなたの存在を世界に知らしめ給え>のアピールが私を発奮させた。95年肺ガン手術後は、集中することは摘出しても余命半年を宣告されていた身としてはむしろ喜びであった。


出版に向け、80年代までの初期作品をPart-1、同時的につくりはじめた顔シリーズほかの作品をPart-2としてデジタル化し、QXPressに配列編集した。そのとき私は既に自ら編み出していたノウハウ(グレイバランス法)により(120ネガフィルム)からの120点の、通常法ではほぼ不能の完全カラープリント化とその完全デジタル化により印刷所でも調整一切不要の、完全デジタル入稿を可能にしていた。

編集ファイル、カバーまでを自作したCD-Rを入稿、印刷校正、そして最後は光村印刷の川越工場にでかけ、大枚500万円を賭けた二台の輪転機でのゴーサインを自分一人の責任でだす。轟音を唸り出す校正、刷り出しではこれ以上のないスリルと鳥肌が立つ快感を体験した。結果は正直であった。ページごとの調整は一切せず、余白に配列したグレイスケールが標準スケールと一致した刷り台はすべて計算通り文句なしであった。グレイバランス理論の有効性*が120点の写真集印刷でも証明されたその<脇 リギオ作品集<リゴグラム「幻想の風景」>は1998年4月 ダヴィッド社から ” 一切の色管理を職人芸を借りず作者自身のノウハウによって制作された世界初の写真作品集”として世に出た。当初、新宿紀伊国屋の7Fだったか芸術関係フロアーに一時平積みされた網膜像はまるであの世のできごとであるかのようであった。


(*一台6ページ分ごと一カ所のグレイスケール調整だけすみページごとのインク調整も不要だから容易迅速、刷り出しのテスト印刷も数回でゴーサインがだせ、テスト回数、用紙、労力も経費も大幅節減できむしろあっけなく印刷終了。そのときふと気がついてみると、余命半年のはずが丁度3年目。肺手術の故大塚先生から勧められた丸山ワクチンと1日一本の赤ワインは大げさだが今でも功を奏しているようである。

ここで特記すべきは、画像を見て驚かれるのはその再現性のレベルの高さであろう。しかも本格撮影ではすべてネガフィルムである。ラボでも印刷所でも確実な色はだせないから、通常プロはリバーサルを使うが、私は最初はそのラチツードの広さでネガを選び、後にノウハウ<グレイバランス法>の開発によってまず銀塩、そして印刷、そしてデジタルでもネガでパーフェクトな結果を得ることとなる。しかも段階撮影はしない。リバーサルを使用していたらと思うとぞっとする。つまり、ネガ選択のカンは正解であった。その有効性は、次に予定している「ニューヨーク作品集」で存分にお目にかける所存である。)


その印刷作品集から17年目の余命半年宣告からはなんと20年後の本年、iBookづくりのために保存CD-Rから120点のeps画像を取り出しJpeg変換以外の調整一切なしでiPadに呼び出してみると驚くなかれ120点の画像すべては色/コントラスト/濃度まで色歪み一切なくまさに楽譜通りパーフェクトな状態で蘇った。しかも誰もが信じないであろうが、ネガ撮影である。しかし、デジタルデータとiPad両者の色空間と色再現の一致はたまたま相性がよかったというのではない。

Apple iPの色空間が国際色標準CIE XYZ表色系に正しく準拠し、標準ディスプレイとしてどのモニタでも常に一定の発色を示すそのD65標準色空間で当方の無修正画像が厳密にグレイバランスしていた。だからiP機種を選ばずに明るさが変わっても色度は変わらず常にクリヤーで濁り(雑音)のない理想の画像色再現が可能になる。


CIE、Apple、そして<RW CIE Calc>の原点*にさかのぼるその色再現の整合性はいみじくも数値が合えば色も合い、色が合えば数値も合う、視感 色数値化 750万色の先端<デジタル色標準システム>の Apple App <RW CIE Calc>に、どんな標準色記号でもよい、HV/C、xyY、Lab値を打ち込んでみればわかる。正しい標準色がiPモニタに間違いなく発色し、標準色票とも厳密に色一致することで実証される。したがって、この究極ともいえるiP出現の時点で、私のライフワークはそのArt and Sienceがドッキングし一体化するのは当然の成り行き**であろう。しかしながら、余命半年では達成不能。生かされていることの意味を悟らされないわけにはいかない。ありがたく頑張らねばならない。

(*CMYフィルターによる色モノサシの提案/写真工業誌/1973年7月号。42年前の文中のフィルターによるハイライト(タバコ)の混色計算データとApple iPでのデータ入力の発色結果も、何と完全等色に近く合致する。計算法が等しいからであるが、CIE XYZ色計算法とモニタの発色性能との絶妙の整合性の証明でもある。)


**この私の作品に限らず、新しいデジタルArt にはその作品制作のためのそして色を正しく展開するためのColor Sienceが不可欠、不可分となる。そのSienceもArtに括られるから二兎をも追わねばならない。したがって今日の時代、”二兎を追う者 一兎をも得ず” は必ずしも正しくはない。私の理論そしてArt and Sienceはいずれも独自オリジナルでありオンリーワンであるが、そもそも右脳、左脳は何のためにあるのかを考えれば、理系、文系といった分類など本来はもってのほか、人間であるかぎり両脳をフルに活かすべき教育をするべきである。


私は24才講師業開始から70才定年まで43年間の美大での写真授業は、セオリーは特許となりカラー理論ともなる。研究開発は教材となると同時に製品として世にだす。70年代からは研究、授業、実習、開発、製造販売も連繋し、半日で標準カラープリントを自作できるグレイバランス法は年間160名をこなす学内実習以外に、本場アメリカ NYのロングアイランド大学93~97でのワークショップでも伝授した。CIE XYZ法は70年代からその色計算法を課題に出したが、フィルターで色計算しデジタルプリンターで色再現した模範答案もあった。色の先端教育は最高レベルにあったからLAパサデナのArt Center college of Designでのサマースタデイの学生研修の引率でご披露した私のカラーテクノロジーは高く評価され、課題”身辺の記録”を基礎としたフォトカリキュラムはコマーシャル以外は決してヒケをとらず、むしろユニークであった。



こうして Rigogramどもは、その理想のデジタル色空間を舞台に 「・・カオスから生命の生成へ、ミクロコスモスからマクロコスモスまで、抽象はもとより幻想すら 近作においては 思いもよらない甘美なエロスまで(瀬木慎一氏 序文)」・・水を得た魚のごとく 怪しげで妖艶なゆるぎのない姿をみせるであろう。( Rigio Waki /脇 リギオ/Oct-30/2015)

  • GÉNERO
    Arte y espectáculo
    PUBLICADO
    2015
    14 de noviembre
    IDIOMA
    JA
    Japonés
    EXTENSIÓN
    156
    Páginas
    EDITORIAL
    脇 リギオ
    VENDEDOR
    Rigio Waki
    TAMAÑO
    286.1
    MB