地獄變
Descripción editorial
「地獄變(ぢごくへん)」
芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892(明治25)年〜1927(昭和2)年)の書いた短編小説です。
平安時代、地獄絵の屏風を描いた絵師の話です。
宇治拾遺物語の説話を元に創作されました。
旧字旧仮名で総ルビ、縦書きの電子書籍にしました。
1948(昭和23)年以前の日本語の書き言葉は、漢字の字体、かなづかいが今と違いました。
漢字は今の台湾の漢字に似た画数の多いものだったり、
かなづかいは歴史的仮名遣いと言われる古文のそれでした。
戦前の本は、必ずこの旧字旧仮名です。
とはいえ、漢字は割とそのままも多いですし、かなづかいは中学高校の古文で履修済み。
後は旧字旧仮名で総ルビの本をいくつか読めば、あなたも旧字旧仮名マスター。
国立国会図書館デジタルコレクションの古い本が、インターネットで無料で読み放題。
読書の世界が広がります。
今どきのドラマを見知っていれば、話の落ちは分かるのに、後半、迫り来る運命に、恐ろしくて読む手も鈍ります。
それでも読むのを止められない心が、絵師の気持ちとリンクする物凄さ。
猿秀――
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良秀(よしひで)のその時(とき)の顏(かほ)つきは、今(いま)でも私(わたくし)は忘(わす)れません。思(おも)はず知(し)らず車(くるま)の方(はう)へ驅(か)け寄(よ)らうとしたあの男(をとこ)は、火(ひ)が燃(も)え上(あが)ると同時(どうじ)に、足(あし)を止(と)めて、やはり手(て)をさし伸(のば)した儘(まゝ)、食(く)ひ入(い)るばかりの眼(め)つきをして、車(くるま)をつゝむ焰煙(えんえん)を吸(す)ひつけられたやうに眺(なが)めて居(を)りましたが、滿身(まんしん)に浴(あ)びた火(ひ)の光(ひかり)で、皺(しわ)だらけな醜(みにく)い顏(かほ)は、髭(ひげ)の先(さき)までもよく見(み)えます。が、その大(おほ)きく見開(みひら)いた眼(め)の中(なか)と云(い)ひ、引(ひ)き歪(ゆが)めた脣(くちびる)のあたりと云(い)ひ、或(あるひ)は又(また)絕(た)えず引(ひ)き攣(つ)つてゐる頰(ほゝ)の肉(にく)の震(ふる)へと云(い)ひ、良秀(よしひで)の心(こゝろ)に交々(こも〴〵)往來(わうらい)する恐(おそ)れと悲(かな)しみと驚(おどろ)きとは、歷々(れき〳〵)と顏(かほ)に描(ゑが)かれました。首(くび)を刎(は)ねられる前(まへ)の盜人(ぬすびと)でも、乃至(ないし)は十王(じふわう)の廳(ちやう)へ引(ひ)き出(だ)された、十逆五惡(じふぎやくごあく)の罪人(ざいにん)でもあゝまで苦(くる)しさうな顏(かほ)は致(いた)しますまい。
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*目次*
├地獄變
└底本などに関する情報