Publisher Description
「山月記(さんげつき)」
中島敦(なかじま あつし、1909(明治42)年〜1942(昭和17)年)の書いた短編小説です。
1942(昭和17)年、「文字禍」と同時発表のデビュー作でした
高校教科書の定番、8世紀中国の唐代、虎になった李徴の話です。
「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」のワードは、渦中の青少年の心に刺さります。
旧字旧仮名の原文にふりがなを振り、総ルビで縦書きの電子書籍にしました。
1948(昭和23)年以前の日本語の書き言葉は、漢字の字体、かなづかいが今と違いました。
漢字は今の台湾の漢字に似た画数の多いものだったり、
かなづかいは歴史的仮名遣いと言われる古文のそれでした。
戦前の本は、必ずこの旧字旧仮名です。
とはいえ、漢字は割とそのままも多いですし、かなづかいは中学高校の古文で履修済み。
後は旧字旧仮名で総ルビの本をいくつか読めば、あなたも旧字旧仮名マスター。
国立国会図書館デジタルコレクションの古い本が、インターネットで無料で読み放題。
読書の世界が広がります。
おまけで、新字新仮名の総ルビ版を付けました。
漢詩も書き下し文なので、教科書で読めなかった方にどうぞ。
尚、ルビの誤りには気を付けていますが、もしお気付きの際はお知らせください。
読みには揺らぎのあることもあります。
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己(おれ)は詩(し)によつて名(な)を成(な)さうと思(おも)ひながら、進(すゝ)んで師(し)に就(つ)いたり、求(もと)めて詩友(しいう)と交(まじは)つて切磋琢磨(せつさたくま)に努(つと)めたりすることをしなかつた。かといつて、又(また)、己(おれ)は俗物(ぞくぶつ)の間(あひだ)に伍(ご)することも潔(いさぎよ)しとしなかつた。共(とも)に、我(わ)が臆病(おくびやう)な自尊心(じそんしん)と、尊大(そんだい)な羞恥心(しうちしん)との所爲(せゐ)である。己(おのれ)の珠(たま)に非(あら)ざることを惧(おそ)れるが故(ゆゑ)に、敢(あへ)て刻苦(こくく)して磨(みが)かうともせず、又(また)、己(おのれ)の珠(たま)なるべきを半(なか)ば信(しん)ずるが故(ゆゑ)に、碌々(ろく〳〵)として瓦(かはら)に伍(ご)することも出來(でき)なかつた。己(おれ)は次第(しだい)に世(よ)と離(はな)れ、人(ひと)と遠(とほ)ざかり、憤悶(ふんもん)と慙恚(ざんい)とによつて益々(ます〳〵)己(おのれ)の内(うち)なる臆病(おくびやう)な自尊心(じそんしん)を飼(か)ひふとらせる結果(けつくわ)になつた。人間(にんげん)は誰(たれ)でも猛獸使(まうじうつかひ)であり、その猛獸(まうじう)に當(あた)るのが、各人(かくじん)の性情(せいじやう)だといふ。己(おれ)の場合(ばあひ)、この尊大(そんだい)な羞恥心(しうちしん)が猛獸(まうじう)だつた。虎(とら)だつたのだ。
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*目次*
├山月記(旧字旧仮名)
├山月記(新字新仮名)
└底本などに関する情報