尋ね人の時間
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2.0 • 1件の評価
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発行者による作品情報
第九十九回芥川賞受賞作。「ある日、気がつくと、自分の内部に昔はたしかにあった筈の主体としての<われ>が失われていたのだ。わが心のうちなる岡にのぼって、いくら自分の名を呼んでみても、いたずらにただ山彦がかえってくるばかり。<われ>に置き去りにされて抜け殻になった<われ>のがらんどうの中を、うそ寒い風が通り過ぎて行くばかり。そうは思いませんか。小説“尋ね人の時間”とは、自分捜しの物語なのかもしれない」(あとがきより)
APPLE BOOKSのレビュー
第99回(1988年上半期)芥川賞受賞作。大手広告代理店で映像制作に携わるかたわらシンガーソングライターとしても活躍した新井満による長編小説。離婚した男の乾いた心を詩情あふれる筆致でつづる。2年前に妻と別れた写真家、神島はある日、親しい同業者の個展で、モデルの卵でもある女子大生の圭子と出会う。彼女から抱いてほしいと迫られるが、神島はその誘いを拒む。5年前から性的不能に陥っているのだ。後に偶然再会した圭子は神島の写真集『尋ね人の時間』が好きだと語り、「あなたの尋ね人になれそうな気がしたんです」と言うのだが…。幼いころに妹とのぞいた空井戸、フランスの老人たちが踊るリゴドンなど、視覚的イメージを喚起する表現をちりばめながら、都会に生きる現代人の孤独な魂がさまよう様を繊細に描く。それは失われたものへの憧憬(しょうけい)なのか。別れた妻の再婚相手から「いつもうしろ向きに歩いているのではありませんか」と言われる主人公は、どこか虚ろな悲しみを絶えず抱えている。豊饒(ほうじょう)な物質と過剰な情報の洪水の中で疲れきった都市生活者の姿は、時を経た今もなおリアルに心に響くはずだ。