年の残り
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1.0 • 3件の評価
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- ¥530
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発行者による作品情報
69歳の病院長が最近しきりに思うのは、遠い若き日々と自らの老い、そして死んでしまった友人知人たち。患者の少年を診るにつけ、その昔縁談のあった少年の美貌の伯母を思い出す。死が淡く濃く支配する、人生の年輪が刻み込んだ不可知の世界を、丸谷才一ならではの巧緻きわまりない小説作法と仄かなユーモアで描き出す、第59回芥川賞受賞作の表題作。他に、「川のない街で」「男ざかり」「思想と無思想の間」の佳作三篇を収録。いずれも小説の醍醐味を味わえる、珠玉の短篇集。
APPLE BOOKSのレビュー
第59回(1968年上半期)芥川賞受賞作。表題作「年の残り」は丸谷才一ならではの端正な文章で、老年に差し掛かった男性の複雑な感情を切り取った作品。“年の残り”を数える年齢になった病院長の上原庸。若いころ、共に絵を描くことに没頭した友人、多比良の自殺をはじめ、周囲の人間が次々と亡くなっていく中、上原はこれまでの人生を振り返り、思いをはせる…。過去と現在を自在に行き来し、自由闊達(かったつ)な文体で紡ぐ人生の機微と心象は、主題通りにいかにも老成した印象を与える。しかし受賞時に作者がまだ43歳だったことを考えれば、老境に対する深い洞察と想像力に驚きを禁じ得ない。冒頭のエピグラフである和泉式部の「かぞふれば年の残りもなかりけり 老いぬるばかりかなしきはなし」が、作品全体のトーンを象徴している。他に、 “想像力”という言葉に翻弄(ほんろう)される女の姿「川のない街で」、学生時代に嫌いだった男に対する心境の変化に気付く「男ざかり」、思想家の破天荒な行動やヒトラーに心酔する青年との交流をコミカルに描きつつ、主人公の翻訳家に仮託して歴史や国家に対する著者の論評を盛り込んだ「思想と無思想の間」を併録。いずれも技巧的で陰影豊かな人物描写にうならされる短編集だ。