百年と一日
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- ¥1,400
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発行者による作品情報
大根のない町で大根を育て大根の物語を考える人、屋上にある部屋ばかり探して住む男、周囲の開発がつづいても残り続けるラーメン屋「未来軒」、大型フェリーの発着がなくなり打ち捨てられた後リゾートホテルが建った埠頭で宇宙へ行く新型航空機を見る人々……この星にあった、だれも知らない、だれかの物語。人間と時間の不思議がつまった33篇。作家生活20周年の新境地物語集。
APPLE BOOKSのレビュー
芥川賞作家、柴崎友香の掌編小説集。登場人物や背景が異なるこの33の掌編の間に、相関関係はない。登場人物たちもぽつり、ぽつりとそれぞれに点在している。例えばある物語では、「一組一番」の女子高生と「二組一番」の女子高生が、偶然「ある物」を目撃する。またある一編では、戦場から逃げ出した男が、落ちのびた集落の少年といくつかの言葉を交わす。彼らの邂逅(かいこう)の先に驚くようなハプニングは起こらないし、目立ったオチもない。しかし、いくつかの偶然が、さりげなく忍び寄っていた違和感が、主人公たちの日常をふとした瞬間に反転させる。淡々とした時の流れの中に、意外な起伏が潜んでいることに気づかされるという仕組みだ。自分の記憶にある風景を手掛かりに本作を書いたという柴崎の紡ぐ言葉は、読者の脳裏に鮮やかな情景を投射していく。わずか数行の描写で、目前に広がる世界の色が変わるのを感じる。それもまた文学の醍醐味なのだと、改めて思わせてくれる。各話のタイトルの異例の長さに面食らうかもしれないが、もちろんネタバレにはなっていないのでご安心を。タイトルに引っかかりを覚えた時点で、既にあなたはその物語の一部なのかもしれない。