背高泡立草
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4.0 • 3件の評価
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- ¥510
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発行者による作品情報
「別に良いやん、草が生えてたって。誰も使わんっちゃけん」大村奈美は、不機嫌だった。何故空き家である母の実家の納屋の草刈りをするために、これから長崎の島に行かなければならないのか。吉川家には〈古か家〉と〈新しい方の家〉があるものの、祖母が亡くなり、いずれも今は空き家に。奈美はふと気になって、伯父や祖母の姉にその経緯を聞くと、そこには〈家〉と〈島〉にまつわる時代を超えた壮大な物語があった――。第162回芥川龍之介賞受賞作。書き下ろし短編「即日帰郷」も収録。
APPLE BOOKSのレビュー
第162回(2019年下半期)芥川賞受賞作。母の実家の草刈りをするために母、伯母、従姉妹の4人で長崎の離島に向かう奈美。20年以上前に打ち捨てられた使い道のない納屋の周りに生えている草を、なぜ福岡からわざわざ出向いて刈らなくてはならないのか。その理由を母に問うても、吉川の家が草ぼうぼうだったらみっともないからと、奈美の納得のいくような答えは返ってこない。吉川家がいつからあの納屋に暮らしだしたのか、奈美は不意に関心を持ち始める。吉川家に家を譲り満州へと渡った家族、終戦後韓国へと船で脱出する際に島にたどり着いた男、かつての酒屋になぜか置き去りにされたカヌー…。物語は現代と過去をめまぐるしく行き来し、一見何の関わりもなさそうなエピソードの数々がその土地の記憶として緩やかにつながっていく。物語の終盤、背高泡立草をはじめとする刈り取った雑草の話をしながら帰路に就く奈美たち。きれいに刈り取られた雑草は1年もたたずにまた元の姿に戻っていくだろう。匂い立つような草の気配と共に人の営みのはかなさ、それゆえに人々が紡ごうとする土地の記憶の重みを感じさせる。