村の名前
-
-
1.0 • 1件の評価
-
-
- ¥470
発行者による作品情報
中国のはるか奥地を仕事で旅する日本人商社マンが、桃源郷の名をもつ小さな村にふと迷い込んだ。優美な村の名前からは想像もつかない奇怪な出来事が、彼の周りで次々と起こる。謎の溺死体、犬肉を食らう饗宴、つきまとう正体不明の男達……。彼も同行の日本人も、次第に調子がおかしくなってゆく。桃花の薫りがする魅力的な土地の女に導かれるように、知らず知らず村の秘密へと近づき、ついに彼が見た“真の村の姿”とは。話題の第103回芥川賞受賞作と他一篇を収録。
APPLE BOOKSのレビュー
第103回(1990年上半期)芥川賞受賞作。商談という現実的な物語から桃源郷のような異空間へと誘う一作。中国湖南省の水田地帯に茂る藺草(いぐさ)で畳表を織らせ、買い付ける目的でやって来た商社勤務の橘は、畳卸売を営む加藤と共に、桃源県桃花源村にやって来る。魏晋南北朝時代の詩人、陶淵明の『桃花源記』に現れる架空の村とまったく同じ名前を冠した寒村に、橘はまさしく桃源郷を見いだし、自身の岐阜の郷里を重ね合わせるが、真夜中に聞こえる女の悲鳴、溺死死体、素性の怪しい男たちの登場など、彼らの周りで不可解な事件が巻き起こる…。主人公が彼の地の監視社会の洗礼を受けながら、現実と空想が混じり合う超現実の異界へと誘われていく展開に圧倒される。当時の中国をリアリズムで描きつつ、ユートピアへのはかない思いや異空間の不思議さが融解した、いわく言い難い怪しげな世界観と空気感が魅力の幻想奇譚だ。今では世界の中でも有数の経済大国となった中国だが、当時の内陸では、この作品で描写されるトワイライトゾーンともいうべき空間がまだ残されていたのだろうと想像する。明確な答えの提示がない曖昧模糊(もこ)とした結末で、読者一人一人に思索を促す。軽妙な語り口の著者のデビュー作「犬かけて」を併録。