九年前の祈り
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4.1 • 8件の評価
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- ¥730
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発行者による作品情報
三十五になるさなえは、幼い息子の希敏をつれてこの海辺の小さな集落に戻ってきた。希敏の父、カナダ人のフレデリックは希敏が一歳になる頃、美しい顔立ちだけを息子に残し、母子の前から姿を消してしまったのだ。何かのスイッチが入ると大騒ぎする息子を持て余しながら、さなえが懐かしく思い出したのは、九年前の「みっちゃん姉」の言葉だった──。痛みと優しさに満ちた〈母と子〉の物語。 表題作他四作を収録。芥川賞受賞作。
APPLE BOOKSのレビュー
第152回(2014年下半期)芥川賞受賞作。大分県蒲江町(現佐伯市)の海辺で生まれ育った小野正嗣。リアス式海岸の複雑な地形が生んだ風土と、濃厚な人間関係を、現在もさまざまな表現方法で書き続ける。芥川賞候補4作目で受賞となった『九年前の祈り』の、過去現在を行き来しながらクネクネと進む文章は、リアス式海岸のよう。リズムに慣れれば時間軸の変化も心地よく、集落の女性たちによる元気な方言が聞こえてくるようだ。カナダ人との間にもうけた幼い息子の希敏(けびん)を連れて郷里に戻ったシングルマザーのさなえ。息子は何かの拍子で泣き叫ぶ。そんな時、“普通”とは少し違う息子を育てていた、みっちゃん姉との旅行を思い出す。巻末に収録された芥川賞/直木賞贈呈式時の挨拶で、作者は兄の故・史敬(ふみたか)氏について触れる。本作は余命宣告を受け、死が間近に迫った兄を思いながら書いた作品だという。地元に残り、長い学生生活を送る作者を経済的にも援助してくれた兄への感謝と祈りが、芥川賞を引き寄せたのだろう。