



ジャン=ジャックの自意識の場合<新装版>
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- ¥770
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発行者による作品情報
一九六八年、日本人青年医師に、ルソーの魂が降臨した。彼は『エミール』の理想を実現すべく、理想の子供を育てることを決意し、孤児院を創設する。集められた子供たちは、“世界の救い主”を作り出すための、実験体であった…。天使が舞い、混沌が支配し、血と精液にまみれた溟い幻想が憩う、濃密な作品世界。全く新しい才能の誕生! 第8回日本SF新人賞受賞作品。
人々は、今あるこの世界が、根底から作り変えられることを望んでいるんだ。いつの時代もそうだった。しかし、それは容易なことではない。だから、必要とされるのは、現状との闘いから変化が勝ち取られることではなく、現状を作り出した源にまで遡って作り変えられることだ。地下の王国が、父たちの歴史を飲み込んでしまう、そんな矛盾した革命だ。気づかぬうちに起源を置き換えてしまう。闘い自体が無力化されることを望んでいるのだ。それができるのは、ただ一人の子供だけだ。その子は子にして親なんだ。天使が巨人を産み、巨人が世界を産んだように。子孫にして父祖、結果にして原因、その両者を結ぶものだ。その子は、やがて《世界の救い主》になるだろう。
APPLE BOOKSのレビュー
おびただしいイメージの反復が酩酊(めいてい)をもたらし、現代思想を含む思弁小説(スペキュレイティブ・フィクション)の要素も濃厚な、樺山三英のデビュー作。1968年のある日、日本の脳外科医にジャン=ジャック・ルソーの意識が現れた。彼は『エミール』に記されたルソーの教育論を実践し、理想の子供を育てるべく、四国の孤島に孤児院を造り、集められた子供たちのパパとなる。他に大人はおらず、周囲から隔絶され、授業もなく、出席の点呼をとるだけの学校。天使が舞い、暴力とセックスと混沌が渦巻く、巨大な塔。救済と脱出を願う少年の“ぼく”と少女の“アンジュ”は、パパが望む“世界の救世主”となれるのか? ルソーをはじめ、ジャック・デリダや J. D. サリンジャー、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』など、古典文学の引用がすさまじい。どこまでが本当で、どこからが幻想なのか判然とせず、主人公が生死を繰り返す入れ子構造も、悪夢のように強烈。世界のすべては脳髄にあるという哲学も併せて、夢野久作の『ドグラ・マグラ』に比肩する奇書。