愚か者の石
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4.2 • 10件の評価
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- ¥1,800
発行者による作品情報
生きることは、まだ許されている。
明治18年初夏、瀬戸内巽は国事犯として徒刑13年の判決を受け、北海道の樺戸集治監に収監された。同房の山本大二郎は、女の話や食い物の話など囚人の欲望を膨らませる、夢のような法螺ばかり吹く男だった。明治19年春、巽は硫黄採掘に従事するため相棒の大二郎とともに道東・標茶の釧路集治監へ移送されることになった。その道中で一行は四月の吹雪に遭遇する。生き延びたのは看守の中田、大二郎、巽の三人だけだった。無数の同胞を葬りながら続いた硫黄山での苦役は二年におよんだ。目を悪くしたこともあり、樺戸に戻ってきてから精彩を欠いていた大二郎は、明治22年1月末、収監されていた屏禁室の火事とともに、姿を消す。明治30年に仮放免となった巽は、大二郎の行方を、再会した看守の中田と探すことになる。山本大二郎は、かつて幼子二人を殺めていた。
「なあ兄さん。
石炭の山で泣いたら
黒い涙が出るのなら、
ここの硫黄の山で涙流したら、
黄色い涙が出るのかねえ」
APPLE BOOKSのレビュー
『ともぐい』で第170回直木賞を受賞した河﨑秋子による大河巨編。明治18年初夏、瀬戸内巽は国事犯として徒刑13年の判決を受け、北海道の樺戸集治監に収監される。同房の山本大二郎と親しくなり、その後2人は硫黄採掘に従事するため道東の標茶に置かれた釧路集治監へ移送される。2年にも及ぶ苦役を経て樺戸に戻ってくるが、大二郎は屏禁室で起こった火事の騒動とともに姿を消してしまう…。前半で描かれるのは、過酷な囚人たちの暮らしだ。肉に食い込むかせの痛みを覚えながら汗みどろになるまで働き、粗末な飯を胃袋に流しこんだ後は狭苦しい雑居房に倒れ伏す男たちの、すえた体臭や虚無的な空気が行間から濃密に漂ってくる。主要人物は士族の出である巽、ほら吹きの名人である大二郎、そして感情を表に出さない看守の中田の3人。遭難から生き延びた3人はある種の連帯感を抱き始めるのだが、その後の大二郎失踪から物語は急展開を迎え、大二郎の出自にまつわるミステリー要素が色濃くなる。文体の濃密さ、ストーリーテリングの巧みさが光る骨太な監獄小説であり、囚人と看守という正反対の立場でありながら、共に“囚われた”人間同士が紡ぐ奇妙な友情物語でもある。