密やかな結晶 新装版
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4.5 • 13件の評価
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- ¥950
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発行者による作品情報
その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。
APPLE BOOKSのレビュー
主人公である小説家の「わたし」は、記憶を消し去ろうとする秘密警察から編集者の「R」をかくまって秘密の地下室へと身を隠している。彼らが住む島では鳥や花、帽子などさまざまなものが次々に消滅していき、しかも消滅に合わせ、それらが存在していた記憶そのものも失われていくのだった。何かを失ったことすら忘れてしまう世界で、「わたし」たちを包み込むのは静かな、そして逃れようのない喪失の気配だ。その喪失はいずれ「わたし」の自意識すら奪い去るものであり、そのなすすべのない不可逆の絶望は、まさに本作をディストピア小説と呼ぶべき根拠になっている。そう考えると、小川洋子が1990年代に執筆した本作が25年近く経ってから初めて英訳され、2020年に世界的権威である英ブッカー賞の最終候補作品としてノミネートされたことも驚きではない。SFだったはずのディストピアが音もなく忍び寄るポストトゥルースの現代に、本作が再発見されたのはむしろ必然だったとすら言える。情報化社会の渦に巻き込まれ、足元からアイデンティティが崩れゆく恐怖を感じている人々は、この喪失の物語を自分の物語として読むことができるはずだ。
カスタマーレビュー
ひしひしと伝わる
これほど文章が美しく風景を描写できるのかと感嘆しました。言葉の可能性とタイトルの意味、静かに、でもひしひしと伝わる一冊でした。