パーク・ライフ
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- ¥460
発行者による作品情報
昼間の公園のベンチにひとりで座っていると、あなたは何が見えますか? スターバックスのコーヒーを片手に、春風に乱れる髪を押さえていたのは、地下鉄でぼくが話しかけてしまった女だった。なんとなく見えていた景色がせつないほどリアルに動きはじめる。『東京湾景』の吉田修一が、日比谷公園を舞台に男と女の微妙な距離感を描き、芥川賞を受賞した傑作小説。役者をめざす妻と上京し働き始めた僕が、職場で出会った奇妙な魅力をもつ男を描く「flowers」も収録。
APPLE BOOKSのレビュー
第127回(2002年上半期)芥川賞受賞作。地下鉄で先輩社員と間違えて話しかけてしまった女と偶然日比谷公園で再会した「ぼく」。仕事の合間に日比谷公園のベンチでランチを取ることを日課とするぼくのことを、彼女は喫茶店チェーンでテイクアウトしたカフェモカを飲みながら観察していたらしい。お互い名前も素性も知らないまま、公園で会話をする仲になる二人。いつもテイクアウトのドリンクを飲んでいるくせに、店内の女性客が全部自分に見えるという理由でお店を嫌う彼女。お店にいる女性たちは、触れられたくない秘密を隠し持っているように見えると言うぼくに、彼女は「逆に自分には隠すものもないってことを、必死になって隠してるんじゃないのかな」と言うのだった。日本臓器移植ネットワーク、ダ・ヴィンチの「人体解剖図」、ドイツ製の人体模型、ヒト細胞を販売する企業、体内に見立てた鍾乳洞や公園など、作中ではまるで人間の中身なんて臓物だけと言わんばかりに臓器のモチーフが頻出する。ドラマチックな出来事もなく、さりとて主人公の内面に深く切り込むわけでもなく、淡々と続く物語。そのなにか起こりそうで起こらない曖昧な距離感が、強く余韻を残す。